導入 京都市上京区の「般若野」という名は、いまの行政地名として広く定着したものではなく、古地図や郷土史の文脈、あるいは周辺の小字・旧地名をたどるときに現れる、いかにも湿った気配をまとった呼称である。京都の地名はしばしば、寺社の由緒や旧街道の痕跡を静かに告げるが、ときにそれは、花や雅やかさではなく、死、処刑、疫病、戦乱、葬送の記憶を隠す。般若という語は本来、仏教の智慧を指す。だが、京都の地名史のなかでこの音に触れるとき、そこにあるのは必ずしも救いの光ではない。むしろ、長い年月のあいだ人が避け、忘れ、しかし完 ...