2018年アレクサンドリアで発見された不吉な影
エジプトといえばピラミッドや王家の谷など、古代のロマンを感じさせる壮大な観光地が世界的に有名です。しかし、観光ガイドには絶対に載らない、住人だけが知る不気味な出来事が近年発生していたことをご存知でしょうか。それは古代の呪いという言葉では片付けられない、現代の恐怖事件です。
2018年の夏、エジプト北部の港町アレクサンドリアの建設現場で、ある異様なものが地中深くから掘り出されました。それは通常の遺跡発掘とは全く異なる、異様な空気を纏った巨大な棺だったのです。現地のフォーラムを読み解くと、発見当時の現場には言葉にできないほどの緊張感が走り、作業員たちは直感的に「これは掘り出してはいけないものだ」と悟ったと語り継がれています。
重さ30トンの黒い花崗岩が放つ異様な威圧感
地中から完全に姿を現したのは、長さ約2.7メートル、重さにして約30トンにも及ぶ巨大な黒い花崗岩の石棺でした。通常、エジプトで発見される王族や貴族の棺は、美しい装飾が施されていたり、死者を弔うためのヒエログリフがびっしりと刻まれていることがほとんどです。しかし、この石棺には文字も模様も一切なく、ただただ漆黒の塊として圧倒的な存在感を放っていました。
アラビア語のローカルなオカルト掲示板では、この「何も書かれていない」ことこそが最大の恐怖であると囁かれています。名前すら残してはいけない大罪人なのか、あるいは存在そのものを歴史から完全に抹消すべき何者かが厳重に封印されているのではないか。そんな不吉な憶測が、アレクサンドリアの街を瞬く間に駆け巡りました。
世界中を巻き込んだ「開封への恐怖」と呪いの噂
この黒い石棺の発見は、エジプト国内にとどまらず、瞬く間に世界中のオカルト愛好家や陰謀論者の間で大きな話題となりました。特に恐れられていたのは、この棺を開けることで「世界を滅ぼすほどの恐ろしい呪い」が解き放たれるのではないかという噂です。未知の病原菌が封じ込められているという懸念から、悪魔が飛び出してくるという恐怖まで、様々な憶測が飛び交いました。
日本語の情報はほぼ皆無ですが、現地のSNSでは「絶対に開けるな」「アレクサンドリアが海に沈む前兆だ」といった悲痛な叫びが連日投稿されていました。古代エジプトの呪いという古典的な恐怖が、現代のインターネットを通じてリアルタイムのパニックへと変貌していく様は、まさに現代のエジプト都市伝説を象徴する異様な出来事でした。
封印が解かれた日、中から現れた「赤い液体」
世界中が固唾を呑んで見守る中、エジプト考古学省の専門チームによって、ついに重い石棺の蓋が開けられました。しかし、そこにあったのは黄金のマスクでも、呪われたファラオのミイラでもありませんでした。棺の中は、強烈な悪臭を放つ赤黒い謎の液体でなみなみと満たされていたのです。現場にいた関係者は、そのあまりの悪臭に嘔吐する者もいたと言われています。
液体の中からは3体の人骨が発見されましたが、それ以上に人々を戦慄させたのはその液体の異様さでした。公式発表では「地下水が棺の隙間から浸入し、遺体や包んでいた布と混ざって腐敗したもの」と科学的に説明されました。しかし、現地の住人たちの間では「あれは悪魔の血だ」「呪いが長い年月をかけて液状化したものだ」という噂が絶えませんでした。
狂気の沙汰か「赤い液体を飲みたい」という署名運動
この不気味な赤い液体の発見は、さらに奇妙で狂気じみた現象を引き起こします。なんと、インターネット上で「この赤い液体を飲ませてほしい」という署名運動が始まり、数万人もの賛同者が世界中から集まったのです。彼らは、この液体を飲むことで古代の呪いの力を得られる、あるいは不老不死の力を手に入れられると本気で信じていました。
この集団狂気とも言える現象は、単なる悪ふざけを超えた不気味さを孕んでいます。未知の恐怖に対して、人間は時にそれを恐れるだけでなく、自ら取り込もうとする異常な行動に出るのかもしれません。エジプトの黒い石棺は、古代の呪いそのものよりも、それに群がる現代人の心の闇と狂気を浮き彫りにしたと言えるでしょう。
海外の文献から浮かび上がる不気味な共通点
海外の文献や現地のマイナーなニュースサイトを突き合わせると、不気味な共通点が浮かび上がります。この石棺が発見された場所の近くでは、過去にも原因不明の体調不良を訴える作業員が相次いでいたという記録が残されているのです。公式な発掘記録には決して記載されない、こうした現地の生々しい証言こそが、この事件の真の恐ろしさを物語っています。
この伝承を調べていく中で、筆者が特にゾッとしたのは、あの赤い液体の行方が現在どうなっているのか、明確な追跡報道が一切存在しないという事実です。下水に安全に廃棄されたという説もありますが、もし誰かが密かに持ち出していたとしたら。黒い石棺がもたらした恐怖は、まだ完全に終わっていないのかもしれません。
