アドリア海の真珠が隠す裏の顔
「アドリア海の真珠」と称され、世界中から観光客が押し寄せるクロアチアのドゥブロヴニク。オレンジ色の屋根と真っ青なアドリア海のコントラストは息を呑むほど美しく、ジブリ映画のモデルになったとも噂されるこの街は、多くの人々を魅了してやみません。日中は世界遺産を一目見ようと、メインストリートであるプラツァ通りは身動きが取れないほどの賑わいを見せます。
しかし、陽光降り注ぐこの美しい街には、観光ガイドには絶対に載らない、住人だけが知る暗い影が存在します。それが、旧市街をぐるりと囲む全長約2キロメートルにも及ぶ堅牢な城壁にまつわる不気味な噂です。夜の帳が下り、観光客の喧騒が完全に消え去った後、ライトアップされた石造りの防壁は、昼間とは全く別の顔を見せ始めるのです。
緑の騎士伝説と1667年の大地震
クロアチア語のローカルなオカルトフォーラムを読み解くと、頻繁に登場するのが「緑の騎士」と呼ばれる亡霊の存在です。日本語の情報はほぼ皆無ですが、現地では古くから語り継がれている都市伝説であり、旧市街に古くから住む老人たちは、夜間に城壁へ近づくことを極端に嫌がります。
この緑の騎士の正体は、1667年にドゥブロヴニクを襲った大地震の犠牲者だと言われています。当時、街の大部分が壊滅し、数千人もの命が失われるという大惨事となりました。伝承によれば、彼は街を防衛する誇り高き衛兵であり、地震の混乱の中で崩れ落ちる城壁の下敷きとなって無念の死を遂げたそうです。彼が身につけていたとされる青銅の鎧が、長い年月を経て緑青に覆われたことから、いつしか「緑の騎士」と呼ばれるようになりました。
城壁での不気味な目撃証言
現在でも、夜間に城壁の近くを歩いていた地元住民から、奇妙な目撃証言が絶えません。最も多いのは、誰もいないはずの城壁の上から、重い金属が擦れ合うような「ガシャン、ガシャン」という足音が聞こえてくるというものです。その音は一定のリズムを刻みながら、見えない何者かが巡回しているかのように移動していくといいます。
ある証言者は、深夜に旧市街の狭い路地を歩いていた際、ふと見上げた城壁の隙間に、緑色にぼんやりと発光する人影を目撃したと語っています。その人影は、まるで今でも街を外敵から守るかのように、ゆっくりと一定のペースで歩哨に立っていたそうです。恐怖で身動きが取れなくなり、目を離した一瞬の隙に、その姿は海風に溶けるように消え去ってしまったといいます。
夜間パトロール員の恐怖体験
さらに恐ろしいのは、城壁の管理や警備にあたる夜間パトロール員たちの体験談です。彼らの間では、特定の監視塔の近くで急激な気温の低下を感じたり、背後から生臭い冷たい息を吹きかけられたりする現象が日常茶飯事として語られています。あまりの不気味さに、夜間シフトを拒否する職員も少なくないそうです。
数年前、ある新人警備員が夜間の巡回中に、城壁の暗がりでうずくまる甲冑姿の男を発見しました。歴史祭りの参加者が酔い潰れているのだと思い声をかけた瞬間、その男はゆっくりと立ち上がり、兜の奥にある真っ暗な空洞の目で警備員を見つめたそうです。恐怖のあまり気を失った警備員は、翌朝になって同僚に発見されましたが、精神的なショックからその後すぐに辞職してしまいました。
筆者の考察:防人の執念がもたらす怪異
この伝承を調べていく中で、筆者が特にゾッとしたのは、緑の騎士が単なる怨霊ではなく、今なお「街を守る」という使命に囚われ続けている点です。海外の文献や過去の気象データを突き合わせると、彼が目撃されるのは決まってアドリア海が荒れる夜や、街に何らかの危機が迫っているとされる時期と重なるという不気味な共通点が浮かび上がります。
1667年の大地震という未曾有の災害が、彼の魂を永遠に城壁へ縛り付けてしまったのでしょうか。美しい世界遺産の足元には、数百年もの間、孤独に街を護り続ける悲しき防人の執念が、冷たい石の隙間に今も息づいているのです。もしあなたがドゥブロヴニクを訪れ、夜の城壁を見上げる機会があれば、決して目を凝らしてはいけません。彼と目が合ってしまえば、あなたもまた、永遠の歩哨に引きずり込まれるかもしれないからです。