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朝来市 竹田城跡に眠る赤松広秀の無念と隠された歴史

朝来市 竹田城跡――天空の城の、もうひとつの顔

兵庫県朝来市。竹田城跡は、雲海に浮かぶ「天空の城」として知られている。秋の朝、山あいに白い霧がたまり、石垣だけが天へ抜ける。あの景色だけを見れば、ただ美しい。だが、この山城には、きれいな言葉だけでは包めない影がある。城は城でも、安らぎのためだけにあった場所ではない。戦を支えるために築かれ、奪い、守り、そして捨てられた。石の一段一段に、血の気配が残る。

竹田城跡が立つのは、標高およそ353メートルの古城山。円山川とその支流がつくる谷を見下ろす、鋭い尾根の上だ。朝来の土地は、山と川に挟まれた細い通り道で、人も物も、戦も、そこを抜けていった。城が置かれた理由は明白だった。見晴らしがよい。攻めにくい。逃げにくい。つまり、ここは人の暮らしを守る場所であると同時に、人の命を削る場所でもあった。天空の城。その響きのやわらかさの下に、冷たい実用が横たわっている。

地名が隠すもの――竹田の「竹」は、清らかさだけではない

「竹田」という地名は、文字だけ見れば、竹の生い茂る田、穏やかな里を思わせる。だが、地名はいつもやさしい顔をしているとは限らない。竹は折れず、しなり、風を切る。田は水を引き、境を引き、暮らしを区切る。山裾の谷に田を開き、竹が繁る土地は、昔から水と土の取り合いだった。朝来の盆地は、川のはけ口が限られ、雨が続けば水がたまりやすい。湿地、谷筋、崖下。そうした場所は、田としては恵みでもあり、災いでもあった。

竹田城跡の周辺には、城下の道、谷の道、峠の道が重なっている。人が集まり、物が流れ、同時に、弔いも流れた。戦の死者だけではない。道の外れ、川辺、谷底。村はそうした場所を知っていた。葬る場所、避ける場所、近づかぬ場所。地名は、そうした記憶をやわらかい音に変えて残す。竹田という名もまた、表向きの穏やかさの奥に、山と水と境の気配を抱えたままだ。

城跡の石垣は、今では整えられ、観光の道がついている。だが、かつての山城は、馬で駆け上がることも難しい急斜面の上にあった。そこに人を入れぬための段差があり、落ちればただでは済まぬ崖がある。こうした地形は、敵を拒むだけではない。追われた者、逃げた者、刑に処された者を、静かにのみ込む。山城の周りには、いつの時代も、声にならぬものが溜まる。

赤松広秀――無念の切腹、その名が残した湿った火

竹田城跡の歴史で、闇の底に沈みきらない名がある。赤松広秀。安土桃山の時代、この城を預かり、改修を進めた武将だ。豊臣政権の下で城を整え、石垣を積み上げ、山上の要害をさらに強くした。その手は、城を美しくした。けれど、時代の風は容赦がない。関ヶ原の後、広秀は城を失い、やがて自ら命を絶つ。切腹。武家の死に方として語られるその言葉は、整って聞こえる。だが実際には、腹を裂き、息を止め、最後まで責めを負う、冷え切った終わりだ。

広秀の死には、無念がつきまとう。戦の勝ち負けだけでは片づかない。築いた城を手放し、家を失い、名を削られ、最後は自ら命を断つ。山城に残る石は、誰かの功績の証であると同時に、誰かの失墜の証でもある。竹田城跡の石垣を見上げるとき、そこにあるのは武の誇りだけではない。取り残された者の気配だ。時代の転がり方ひとつで、城主は守る者から捨てられる者へ落ちる。その落差が、山の斜面よりも険しい。

赤松広秀の名は、地元で語られるとき、ただの戦国武将としては終わらない。築城の人であり、滅びの人でもある。城を高くした者が、最後には高いところから消える。そう聞くと、ただの偶然だと思うだろうか。だが竹田城跡は、そうした終わり方をした人間の記憶を、石の隙間に吸い込んだまま、今も黙っている。

その地で語り継がれる実在の伝承――雲海の下に沈んだもの

竹田城跡には、観光案内では触れきれない話が残る。城が廃された後も、山上には石垣だけが残り、周辺の村には、戦や飢え、移動の記憶が積もった。円山川流域は、しばしば水の気配が濃い。雨の年には増水し、谷は濁る。水に流されたものは、土に戻るものより静かに消える。そうした土地では、死者の扱いが丁寧になる。どこに埋めたか、どこを避けるか、どこで手を合わせるか。そういう細かな約束が、長く生きる。

竹田城のある古城山は、見上げれば壮麗だが、足元は険しい。石段の外には草が茂り、崖の縁には風が抜ける。こうした場所には、戦で倒れた者だけでなく、行き場を失った者、処刑や刑罰に触れた者、事故で落ちた者の記憶も重なる。記録としては一行で済む出来事でも、土地の側は忘れない。地元で「ここは落ちる」「ここは戻れない」と言われる場所には、たいてい理由がある。山の道は、ただの登山道ではない。古い境目だ。

実際、竹田城跡一帯は、戦国期の軍事拠点としての性格が強く、城下や周辺集落は、城のために動いた。兵糧、木材、石、労役。人の手が入れば入るほど、土地は整うが、同時に傷も残る。城を築くことは、山を削ることでもある。削られた土は流れ、流れた先でまた誰かの暮らしに触れる。こうした積み重ねが、雲海の名所の下に沈んでいる。

お気づきだろうか

この城には、最初から「美しい眺め」だけがあったわけではない。高く積まれた石垣も、霧に包まれれば夢のように見える。だが、夢の輪郭を支えているのは、戦のために人が削られた痕だ。赤松広秀の無念の切腹。山上に残る無言の石。谷に沈む水の記憶。竹田というやわらかな地名。その全部が重なって、今の「天空の城」がある。見上げるほど美しいものは、たいてい、下に何かを押し込んでいる。

読者を突き放すような結び――雲海の向こうで、石は黙る

竹田城跡は、写真で見れば幻想的だ。だが、現地に立つと分かる。ここは、風が強い。足元が冷たい。石垣の継ぎ目に苔があり、崖下には深い谷が口を開ける。人は、その景色を「絶景」と呼ぶ。けれど、絶景という言葉は、しばしば痛みを遠ざける。ここで何があったか。誰が築き、誰が失い、誰が腹を切ったか。その順番を知ると、霧の白さは少し違って見える。

朝来市竹田城跡。名は軽やかだが、土地は軽くない。山城の石は、今も崩れずに立つ。立ち続けるからこそ、そこに積まれたものも消えない。雲海は毎朝、すべてをやわらかく隠してくれる。だが、隠れるのは景色だけだ。歴史の傷は、隠れたまま残る。夜が深いほど、その沈黙ははっきりする。城の上に霧が降りるたび、誰かの無念まで白く包まれる。そう思って見上げると、もう、ただの名所には戻れない。

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