味わい対談2「笑顔いっぱいの風景」

身体中の細胞が目ざめるような野菜に、シェフが出会った

●中山弘さん
 cucina Hirossini オーナーシェフ

佐久穂町に生まれ育つ。
2006年、佐久市に「ヒロッシーニ」を開店。
2013年夏、「みんなで創る美味しい未来のふるさと」町民キッチンのフラッグシップ店が佐久穂町に開店。お店の運営を担当する奥様をサポートする。

中山弘さん(以下中山): 初めて萩原さんの農場にお邪魔したのは、2009年の年末の朝でした。ビニールハウスの中で凍った「からし菜」を食べ、その瞬間、身体中の細胞が「うわっ」と目ざめ、料理人生20年の中で一度も味わったことのない衝撃を受けたんです。それから萩原さんの野菜を使わせてもらうことにしました。そのころうちの店では、自分たちで栽培した朝採り野菜を使っていることをひとつの売りにしていましたが、それがとても恥ずかしくなり、それ以上に、今自分に必要なことは、おいしい野菜を育てる生産者や、目の利く魚屋さんや、きちんとしたお肉を用意しているお肉屋さんなど、そんなプロフェッショナルな方々と出会い、もっと料理や接客の探求に努めることだと思いました。ただ、今も、野菜のことを知る意味もあって、小さな畑ですけれど、スタッフみんなで野菜を作っています。

萩原紀行さん(以下萩原): シェフとスタッフが畑で汗を流しているって、それはそれでいい風景ですよね。最近この本にすごく共感したんですが、仕事を通じて「どんな風景を創りたいのか」って、とても大事だなって。ヒロシさんのお店では、お客さんもスタッフも、「そこにいる人みんなが幸せそうに笑っている風景」を創ろうとしていると思うんです。ああ、自分もその中に一緒にいたいなーって思います。ヒロシさんはレストラン、ボクは畑と、それぞれが「風景を創るための土俵と手段」を持っている。ヒロシさんと組んで、どんな風景を創りだせるかってワクワクするんです。

中山:料理が好きで料理人になったけれど、美味しい料理を作っているだけではダメで、お客さんが楽しそうに笑いながら食事をする、そういう空間を作るために何ができるのかを考えないと。当然、接客であったり、照明や音響、素材選びであったり、もちろん料理もだけれど。「お客さんにどう喜んでもらえるか」が、いちばん大事なことだと思うから。そういう意味で、ボクには「ヒロッシーニでは萩原さんの野菜しか使わない」みたいなこだわりはないです。萩原さんの野菜も、自分たちの育てた野菜も、山菜や天然のきのこも使う。

こだわるけれど、こだわらない。視野と世間を広くして

●萩原紀行さん
 のらくら農場

佐久穂町在住(千葉県出身)
1998年より旧八千穂村で、有機・無農薬栽培の「のらくら農場」を始める。手にしている本は、「ニッポンの風景をつくりなおせ」(羽鳥書店)。
田舎に、一次産業に眠っている力を、デザインで引き出す第一人者、梅原真さんの作品集。

萩原:ああ、その「こだわるけれど、こだわらない」ってところは大事ですよね。ボクは有機栽培で野菜を育ててお客さんに直接売っているけれど、有機でない栽培方法を否定しているわけではないし、地元の農協さんも心が広くて、農協青年部会長をやらせてもらったこともあります。自分がこうだから、それ以外を認めないみたいなのは窮屈ですよね。

中山:そうそう、だから、近所のおじいちゃんがブロッコリーをたくさんくれたら、それが有機無農薬でなくても「ありがとうございます」って言って使います。そういうことにこだわらないってことに、こだわりたいですね(笑)。

萩原:ボクは「トマトは生で塩かけて食べるのが一番!」って思っている人間だけど、ヒロシさんのトマト料理を食べるとそのおいしさに「なんじゃこりゃ~」ってなっちゃう。食感とか、温かさ・冷たさ、コンビネーションとか、野菜たちの変身ぶりに驚かされます。ときどき、ヒロシさんのお店でお客さんに野菜の説明をする機会があるんですが、ヒロシさんの調理方法やお客さんとのやりとりが本当に勉強になるし、自分のお客さんにもしたくなるような話がいっぱいあるんです。

中山:それでいて萩原さんは、ボクの仕事に対して「こうしたほうがいいんじゃないの?」みたいなことは絶対言わないんだよね。究めている人ほど言わないのかもしれない。二人で話すときは、野菜や食べ物じゃない、全然違う話をします。

畑で収穫をする萩原さん。

萩原:ヒロシさんは考え方がすごいんです。たとえば、野菜メインのフルコースをやっちゃうのもそうですけど、食材とか、見せ方とか、値段設定とか、すごく考えてると思います。ボクは、自分で育てて自分で売る「全部自分でやる」仕事のしかただから、考えることを怠けちゃうと、そこで終わっちゃうんです。だから、夏の忙しい間に書き溜めておいた「疑問ノート」の疑問を、冬の間に解消するべく調べたり勉強したりします。ひと夏に40個ぐらい出てくるかなぁ。そうやって3年もたつと、同じ野菜でも全然違う作り方になっていたりするんですよ。

中山:ボクはナス科にアレルギーがあるけれど、萩原さんのナスはなぜか(!?)食べられるんだよね。

萩原:今は、「かゆくならない長芋」もできるようになりました。

成長のカギは、お店も農家も会社も町もみんな同じなのかもしれない

ヒロッシーニの人気メニュー「のらくら農場さんの朝採り野菜のバーニャカウダ」

農家も驚くシェフの創意工夫が詰まった一皿「花豆のモンブラン」。

中山:実行する、変えていくっていうのはなかなか難しいことだよね。国とか、町で何かやるために委員会を作ると、アンケートやるとか、定例会を開いて話し合いはするんだけど、それで終わっちゃっていることがよくある。

萩原:5年で解散するとか、成果を出す期限を決めたほうがいいですよね。それと、大きいシンボリックなものをどかーんと打ち立てるんじゃなくて、元京セラ社長の稲盛さんのおっしゃる「アメーバ経営」みたいに、小さな集団が活性化して、大きな成果を生み出すみたいなほうが現実的なんじゃないですかね? たとえば、ボクは自分でも農産物の加工所を作りましたが、小さい規模の加工所が町のあっちにもこっちにもあって、それぞれが得意な分野を持っていて「加工なら、小ロットでもあの町に行けば何とかなる」って感じになったら、お客さんはこの周辺だけじゃなくて全国になると思うんですよ。

中山:そうだね、何かに特化したらお客さんは全国から来るのかもしれない。ボクは米粉だけで作ったパン粉で、小麦アレルギーの人が安心して食べられるとんかつを作りたい。さくほーめんもそうだけれど、アレルギー対応できる食品だと、このへんで需要が少なくても全国から注目されるようになる。そしてそれがおいしければ、アレルギー対応うんぬんでなくて、普通に素材として選ばれるようになるんだよね。

佐久穂の野菜と、信州サーモンやきたやつハムも。

萩原:「広げたければ、狭くする」ってことですよね。浜松の「知久屋」さんという、お惣菜の会社があるんです。ボクはそこで会社見学させてもらったんですが、化学調味料、保存料、合成着色料等の添加物は不使用、できるだけオーガニックの材料を使うようにと自社で農場もやっているんです。もともとは娘さんにアレルギーがあって、そういう子どもにも食べられる惣菜をと、4坪で始めたお店だったそうです。今や年44億円で、社員740人の会社になっていますが、無添加を貫いてきたからこそだと社長もおっしゃってます。この社長がまた、気さくで腰の低い方で、社員が自由にものを申せる雰囲気があります。現場の声をよく聞いて、「できないことはない」って信じているからこそ、いろいろな改革や新規事業を実行できて、成長できるんでしょうね。

中山:「想い」って伝わるし、意志のないものはすぐに見抜かれますからね。

萩原:ええ。自分が価値を感じるものに、きちんとお金を払うっていうことは大事だと思うんですよね。「買う」ことは支持であり、買い手である自分も、生産者である自分も、自負というか矜持のようなものを持って、お金を回している。お互いの信頼関係の中で値段設定ができるなら、買いたたきや安値競争みたいな負のスパイラルに向かわずに、刺激し合い、高め合えるような正方向のスパイラルに向かえるんじゃないでしょうか。

「町民キッチン ヒロッシーナ」が、町に新しい風を呼ぶ!?

店長で女子力向上委員会会長を自認する中山優子さんと、足立勝恵さん。

中山:今度、佐久穂町に出店する「町民キッチン ヒロッシーナ」は、直売所に売っている朝採りの野菜を中心に、信州サーモンやきたやつハムなど、佐久穂産の食材をふんだんに使った完全地産地消のレストランを目指します。パスタだけでなく、おばあちゃんたちの知恵も借りてお惣菜なども提供しながら、佐久穂の特産と旬を味わえるお店にしたいと思います。

町民キッチン ヒロッシーナ

営業はランチとディナー 。
お問合せ・予約は
Tel:0267-86-2465(お店)

そして、女性が主役で働くお店にします。町民の約半分は女性で、その中には町外から嫁いできた人もたくさんいますよね。デザイン会社に勤めていたとか、フラワーアレンジメントをやっていたとか、パソコンに強いとか、いろいろな経歴があるはずです。それらを生かして、町を変えるいい意味での“よそモノ”の力を発揮する場所になれたらと思うんです。

萩原:ああ、いいですね。うちの農場に来ていた女性にも、お菓子作りの上手な人がいますよ。

中山:さっきのアメーバ経営でいうと、ヒロッシーナを中心として、周りにケーキ屋さんとかパン屋さんができて、この場所が活性化して、ほかにも空き店舗を埋める町外からの新規就農じゃないけど、Iターンの新規就飲食事業者が来たりして、町が元気になる、人口増加にもつながっちゃう、みたいな展開になったらいいですよね。

萩原:いいですよね~。

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