第1回 味わい対談「森と水と食」

まず、日頃から水に深く関る食の生産に携わるお二人に町の水にまつわる思い出について語っていただいた。

佐々木:さて、今日は日本酒で乾杯しましょう。

黒 澤:ありがとうございます。宜しくお願い致します。

佐々木:私は、家のすぐそばが千曲川で、子供の頃には天神橋の下の溜まりでよく川遊びをしました。あそこは、湧水があって冬は水の中の方が暖かい。湧水は年中温度が一定ですからね。黒澤さんの世代だと、川遊びはやらなかった?

黒 澤:最近の子供はあまり川で遊ばなくなりましたが、僕らも宮前橋の下で良くカジカやハヤの掴み取りをしましたよ。佐々木さんは清水町にお住まいですが、湧水が多い所ですよね。


酒蔵の仕込み水

佐々木:清水町の名の通りたくさんの湧水があります。昔から生活用水として使われ、いまの季節(十一月)には近所の奥さん達が野沢菜を洗ったりしています。北八ヶ岳には豊かな原生林があるので、そこで蓄えられた水は、大石や清水町といったふもとの集落で美味い湧水となります。養魚場の一つがある大石の湧水は一年中8~10℃と冷たく、とても旨い。今でも時々仲間と飲みます。

黒 澤:佐々木さんの養魚場は千曲川の西側ですが、私達は東側なので、水は千曲川の伏流水ということになります。蔵では、50mと80mの深井戸を掘って酒造りに使っていますが、この水も弱アルカリ性の軟水で、まろやかで美味い水です。母親が家事に使う水は今でも井戸水です。ただ、酒造りには大量の水を使いますので、仕込み時期はさすがに家事にまわす水の量が減り、不便になる事もあります。

佐々木:酒造りに使う水の量はそんなに多いのですか?

黒 澤:はい、仕込み水だけではなく、米を洗い壜の洗浄にも使うので、「良い水、美味い水」ということだけでなく、量の多さも重要です。だいたい一本の酒をつくるのに、100倍の水が必要です。

佐々木:魚の養殖も同じです。大石川の養魚場では、川の水を直接引き込ませてもらっています。大石川は北八ヶ岳からの地下水や細流を集めながら下り千曲川に合流するわけですが、田圃への取水で川の水が減る五月の連休明けの頃から気温の上昇に伴い水温も上がります。温度が上昇すると魚に病気が出やすくなるので、その頃には井戸水を補助的に使っています。

黒 澤:魚にとって、水温は低いほうが良いのですか?

佐々木:14~15度くらいが一番良いのですが、大石川は自然の環境なので、真夏は20 度程度、真冬には0度になります。清水町の池に使う湧水は、一年を通じて12度程度で安定し、ニジマスにとってはちょうど良く、稚魚から出荷するまでそこで育てています。信州サーモンの場合は、稚魚は清水町の池、仕上げは大石川の池です。信州サーモンは元来臭みやクセの少ない魚なのですが最後に流水量が多く自然の渓流の環境に近い池に移して育てる事で、より臭みが抜けて身も締まります。

●佐々木 信幸さん

佐々木信幸さんが代表を務める八千穂漁業の創業は、昭和53年。そのルーツは戦後、豊富な水資源を活かす事業として地元で始まったニジマス養殖だという。
現在は、佐久穂町の3ヵ所の養魚場で信州サーモン、山女、岩魚、ニジマスの養殖を行い町内や軽井沢、首都圏のレストラン等に出荷。高い養殖技術と豊かな水や環境から産まれた信州サーモンの品質の高さは、こだわりのレストラン・シェフに高い評価を得ている。

黒 澤:このカルパッチョをいただいても、臭みとかは全く感じないですよ。私の家には鯉の生け簀があります。最近は使う機会が減りましたが、このあたりでは昔からお客様のおもてなしは鯉料理と蕎麦でした。鯉はお出しする前に生け簀に入れるのですが、冷たい水で身が締まり臭みのない味になります。「鯉と蕎麦でおもてなし」という伝統に、信州サーモンが加わったわけですね。

佐々木:お陰様でレストラン等多くのお客様に使っていただき、信州を代表する食材となってきました。もともと信州サーモンは、長野県水産試験場が約10年をかけて開発したマス類の品種でニジマスとブラウントラウトの交配種です。

黒 澤:肉厚ですし、ニジマスに比べて肉のきめが細かいですね。

佐々木:適度に脂がのり、DHAも豊富でヘルシーです。

黒 澤:なるほど。海のサーモンに比べ脂臭さがなく、料理にも幅がでそうですね。

いろはの倉沢シェフが2品目のソテーを持って入室

黒 澤:信州サーモンは、どちらかといえば洋食の食材というイメージでしたが、先ほどいただいたカルパッチョもドレッシングで完全に和食になっていました。このソテーも面白いですね。

倉 沢:やはり美味い和食を作りたいと思っているので、ソースは味噌をベースにリンゴ合わせてみました。どうですか、お味は?

黒 澤:とても美味しいです。信州サーモンの控えめな味とソースのバランスが丁度いいです。

倉 沢:信州サーモンは生で食べるのが一番美味いと思いますが、ソテーやフライも良いと思います。蔵元としては信州サーモンにはどんな日本酒がお勧めですか?

黒 澤:取敢えず、今日は井筒長、マルト、八千穂で試していただきたいと思います。

倉沢/佐々木:井筒長もいいけど、マルトや八千穂は合いますね!

黒 澤:どちらも比較的に柔らかくスッキリと仕上がっているお酒です。信州サーモンにはあまり強い香のない酒のほうが合うと思います。

倉 沢:マルトは、「生もと造り」でしたよね?

黒 澤:「生もと造り」は、昔ながらの製法で、空気中に自然に存在する天然の乳酸菌が作る乳酸で雑菌や野生酵母を死滅させ、その中で清酒酵母を培養する、という工程を踏みます。通常の倍の手間と時間がかかりますが、酒の五味「甘、酸、辛、苦、渋」のバランスが良く、食材本来の味が引き立ちます。酒は、料理を引き立てる脇役であるべきだと思っています。

佐々木:料理にとって水はどのような意味がありますか。

倉 沢:やっぱり水が美味くないとダメですね。私のところでは、水道水を使っていますが、たまに都会の水道の水を飲むと違いにビックリしてしまうことがあります。

佐々木:この町の水道水も大石川と同じ北八ヶ岳の森の湧水が水源ですから、私の信州サーモンは同じ森の水で育ち、調理されていることになりますね。

倉 沢:土地の水で育った食材は、土地の水で料理するのが一番です。締めに信州サーモンの押し寿司を作りました。

佐々木:押し寿司ですか!実は私自身、まだ食べた事がなくて楽しみにしていました。

倉 沢:お酒もまだ十分にあるようですし、どうぞごゆっくりお召し上がりください。

●黒澤 孝夫さん

黒澤酒造(株)は、1858年(安政5年)の創業以来150余年。地域に根ざした酒造りを心がけ、軟水で美味しい千曲川の伏流水を活かし、清酒 井筒長・くろさわ・マルト・雪國他の醸造、販売を行っている。お父上の黒澤一雄社長のもと、常務の孝夫さんが主に販売やマーケティング、弟で取締役の洋平さんが杜氏として酒造りを担当する兄弟蔵元。海外輸出にも取り組み、アメリカの飲食店では清酒のなかでトップクラスの人気。
(孝夫さんは2013年社長就任)

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